地方に住む魅力
更新日:2022年10月8日
私は広島県尾道市の出身です。尾道市は瀬戸内海の尾道水道に面した人口13万人ほどの小さな港町です。
近年、村上水軍の因島、アートの島の生口島など瀬戸内海の島々が尾道の仲間入りをして観光にビジネスに大いに盛り上がっていてうれしく思っています。
今でこそインターネットが普及し、都会も田舎も情報の格差はそんなにありませんが、私が多感な時期を過ごした昭和40年代後半から60年代前半にかけては都会とずいぶん情報格差があった様に思います。見たい映画も都会の半年遅れだったり、お気に入りのアーティストも尾道にはやってきません。
子供が得る情報はせいぜいテレビ・ラジオ・雑誌・本からのもので、都会のものとは随分時間差がありました。地方の若者は大学の進学を機に都会へ出て行く人が多いのですが、私も例外ではなく大学進学を機に、憧れのキラキラした都会へ飛び出しました。
私の場合は大阪の大学に進学しましたが、田舎から都会に出てまず驚いたのが人の多さと電車の本数でした。中学・高校と電車通学でしたが朝の時間帯でも20分に1本程度で1本乗り遅れると確実に遅刻です。それが3~4分毎に1本やって来るのには感動しました。通勤時の満員電車はいただけませんが・・・・。
もう一つ都会の思い出は、当時(昭和62年)尾道には、なかった?(あったら、ごめんなさい。)大阪で初めて食べたのがドリアでした。同郷の友達から「ドリアって食べたことあるか?」と聞かれ話題になりました。勿論なかったので急いで食べました。感動のあまり当分ドリアばかり食べていたのも懐かしい思い出です。
最近Uターン、Iターンの話をよく聞きますが、私の知人も家業を継ぐため実家に帰るとか、ダイビングが好きなので海の近くに引越す等あります。
地方にはそれぞれの良さがあり生まれ故郷を離れてから気づく事も沢山あります。私の場合は一番意外だったのは毎日眺めていた海でした。小島が浮かぶ風景は瀬戸内海で生まれ育った人にとっては当たり前の風景ですが、別の場所に暮らすと特別な景色だという事に気づきます。私には絵心はありませんが瀬戸内の島々の美しい景色、その瞬間が切り取れる人にとって尾道は絶好の街です。また、昔から雨・雪も少なく温暖な気候なので病気の療養地としても適しています。姿三四郎のモデルの西郷四郎も晩年尾道で過ごされたと聞いています。
映画の街、観光の街として有名になった尾道ですが、尾道出身でない方が街に魅力を感じて沢山移住されている話をよく耳にします。今は私が多感な時期を過ごした時代と異なり、パソコン一つあれば東京出身の方が尾道で仕事ができる時代で、これは尾道以外の街でも同じ事が言えると思います。
現在、東京では不動産価格が高騰しており、なかなか満足の行く物件が買いづらくなってきています。地方に移住される方が増えているということは、我々世代の企業戦士なる事が目標の時代と異なり、人生の価値観が多様化し、楽しみながら働く事こそが幸せと考える方が増えたからだと思います。
2020年に始まったコロナの影響でリモート化が進み、企業側も働き方改革で会社に集まって仕事をする概念から在宅勤務を奨励する大企業も現れてきました。定期代を廃止して、在宅勤務を奨励し在宅手当を支給。オフィスの床面積を半減し賃料等の固定費を削減する。月に1度、数ヶ月に1度会社に出社となれば、地方に住まいながら大企業の賃金形態で生活も可能です。企業側も各地より優秀な人材を幅広く集められる他、人の移動が少ないため時間、交通費が削減できます。勿論すべての業種で適応するわけではありませんが、この動きが加速すると正に「ドラえもんのどこでもドア」ですね。いち早く会社に出社する必要がなくなり、社会全体がオンラインで仕事、会議、紙でのやり取りが減り電子化での処理が進めば、皆さんの仕事環境・生活環境が大きく変わります。環境の良い場所は人気が集まり、結果として環境の良い場所の不動産価格が上がりそうです。東京の一極集中も避けられる他、地方行政も企業に場所の誘致する事なく人口が増やせそうです。『多様化した個人の価値観で住む場所が自由に選択できる』、こんな夢のような時代がそこまでやって来ていると思うのは私だけでしょうか。
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